東京高等裁判所 昭和35年(ラ)563号 決定 1960年11月10日
抗告人 長谷川信次
相手方 青木久寛 外三名
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣旨並びに理由は末尾添付のとおりである。
よつて判断するに、調停手続における代理人を附することが許されることは民事調停法第二十二条、非訟事件手続法第六条第七条の規定によつて明らかであり、調停手続においても当事者の代理人がある場合には、民事訴訟法第二百十三条の規定が準用されるものと解するのが相当である。そうだとすれば本件の場合調停手続の中断を生ずることなく、調停代理人は実質上相続人たる相手方らの代理人として調停を成立させたものというべく、かかる場合は、相続人たる相手方らは承継執行文の付与を受け得るものというべきである。よつて抗告理由第一は理由がない。
抗告理由第二は、調停自体の無効を主張するもので、かゝる主張は執行文付与についての異議の理由として許されないものというべきである。
よつて本件抗告はすべて理由なしとして棄却すべく主文のとおり決定する。
(裁判官 谷本仙一郎 猪俣幸一 安岡満彦)
抗告の趣旨
原決定を取消し更に相当の御裁判を求めます。
抗告の理由
一、承継執行文を付せられる正本は東京地方裁判所昭和三十年(ノ)第二八八号小切手金調停事件に於て成立した調停調書であり右調停事件は原告青木久次郎、被告株式会社足集利百貨店間の東京地方裁判所昭和二十九年(ワ)第九六八六号小切手金事件で右事件は昭和二十九年十月十三日出訴せられ昭和二十九年十一月三十日口頭弁論が開かれ其の後三回開廷せられ同年四月二十七日同裁判所の調停に付されたものであり調停期日を昭和三十年五月十三日と指定告知され訴訟事件の口頭弁論期日は追而指定することにせられたものであり五月十三日の調停期日に於ては原告よりの申出により利害関係人として株式会社鉄友会を参加せしむることゝなり六月六日右三者間に調停あり其の翌日原告青木久次郎は死去したものである、其の後六回調停期日あり最終回たる同年十一月九日本件抗告人は当事者よりの利害関係人呼出の申出により右調停事件に参加同日調停は成立したので同日前記原告の訴は取下あつたものとみなされたのであります。
二、右調停調書の正本に相手方等が昭和三十五年二月四日承継執行文を付されたので抗告人が異議ありといふのは
第一利害関係人が調停事件に参加した以前に当事者が死亡して居て実在しないのに死者を生存者と誤り死者に金を支払うという調停調書が有効であるか否かの点で抗告人は権利の主体でない者に金を払うとの契約として成立せず法律上当然に無効であると信じます調停はその目的の示す通り民事訴訟法とは同一ではありません、似て非なるものであります。民事訴訟の如く当事者の権利又は法律関係の存否を証拠によつて判断し判決するところではありません。訴訟は其の進行中に当事者が死去すれば訴訟の中断中止も必要となり又訴訟代理人があつて訴訟を進行しても不公平でなければ中断の理は適用されないこと勿論でありますが調停事件にはこの理は適用されません。当事者が死去して居るのに之を無視して調停進行の必要がないからであります。訴訟事件は訴訟代理人ある場合当事者が死去するもこれに障害なく死去の事実がわかれば其の者の承継人の名で判決すべくまたわからなければ死者の名で判決されることもあり得べく一部学説ある如く其の場合相続人の名に更正決定をせずに承継執行文を付与することも制度上から見ればより安直と云うべきでありませうが調停は之と全く異り当事者の完全なる合意に達しなければ調停調書を作成されることもなく其の合意も当事者の自由なる意思に基く互譲の精神を基本とし条理と実情に即した解決をはかるのが目的で訴訟の如く其の意思に反しても争ある権利関係の存否其の実現をはかるのとは制度の目的を全く異にするものであります。
本件に於て合意が成立したと見る為には起訴当時の訴訟代理人辻誠が青木久次郎死去後は相続人である相手方等四名の代理人であり抗告人は右四名と調停上合意に達したとしなければなりませんが調停に於て辻誠が右四名の代理人であり青木久次郎の代理人でないとわかればこの調停が自由意思に基き成立したか否かわかりません若し成立したとしても四名相続分は皆同一ではないのでありますから内容の異る調停になると信じます、訴訟事件の被告でもない者が相続人の何人であるかを知らないで莫然と支払を約束する必要がないからでありまた右四名に対し均一にすべき理由もなく、それに誰が相続人であるかがわかれば其の者の資産、縁故関係等実情に即した内容の調停になるものであり調停委員会とてこれを無視する筈がないからであります。これ即ち訴訟事件の法理と異るところであり、何人が相続しようが相続は相続として劃一的に訴訟事件の法理を適用さるべきでない所以であります。
調停事件は死者の相続人あることを予定して死亡前の代理人に死後其の相続人の代理権あることを当然に認むる必要も実益もありません。相続人は相続人の考で其の自由なる意思に基き調停に応ずべきでありまして相続人は全員一体で行動しなければならぬ理由はありません。その様な相続人各人の意思を求めて居ては調停が渋滞する、代理人あるを幸に早く調停を促進することが相続人の為にも又相手方の為にも或は公益上からも必要だという様な観念を認むることは出来ません。
以上死者との合意は法律上無効故調停も無効でありこれに付せられた承継執行文も無効であると信じます。然し債権関係の消長には何等影響なく訴は取下によつて終了したのでありますから再び相続人が起訴することももとより可能であり権利の保護に欠くるところはありません。調停中訴訟事件の口頭弁論期日を追而指定するとか調停成立により訴訟事件は取下とみなす規定はこの為にあるのでありまして当事者が死去しても訴訟代理人ある限り調停を促進すべしとの規定のない点より見るも明確であり況や参加人に於ては尚更であります。
第二右が理由ないとすれば死者を生存者と誤り死者と合意したのであるから法律行為の要素に錯誤あり仍て之の合意を記載した調停調書は無効でありこれに付せられた承継執行文も取消さるべきものであります。抗告人は青木久次郎に四名の相続人あることを知り之の四人と合意する意思は毛頭なかつたからであります。